Q. 行政書士事務所を開業して5年が経ちました。仕事も増えてきたのでスタッフ(補助者)を雇用しようか悩んでいます。人を増やすべきでしょうか?
A.日本全体で人手不足が深刻なため、求人を出してもすぐに雇用できる状況ではありません。一人事務所を卒業してスタッフを雇用したいと考えるなら、あなたがキャパオーバーになる前に採用活動を進めた方がよいです。そして、新入所員の教育係はあなたが務めることになりますので、スタッフにお願いしたい業務をリスト化し、その業務マニュアルを今から作っておくのが良いでしょう。
行政書士の仕事は人的な労働力に大きく依存しており、労働集約型の仕事と言えます。労働集約型の仕事とは、主に人的な労働力に依存し、その生産性が労働時間や労働者のスキルに大きく影響される仕事を指します。
丁寧な対応、迅速な対応、そして顧客のニーズに的確に応えることで、WEB・リピート、そして紹介の集客ルートで順調に顧客が増えてくる行政書士事務所は、どこかのタイミングで業務処理能力が不足し、キャパオーバーになります。
キャパオーバー状態は、行政書士がスタッフの雇用を考えるきっかけになります。しかしながら、キャパオーバーになってからスタッフの雇用を検討しているのでは遅いと思います。
時すでに遅し、なのです。
都合の良い時期に、良い人は採用できない!
キャパオーバーになってからスタッフの雇用に向けて採用活動をしても、さまざまな業界で人手不足が深刻な日本では、行政書士事務所側の都合で、良い人を良いタイミングで雇用することは非常に難しい状況です。
「事務職は人気職業である」と耳にしますが、世間は行政書士事務所がどのような仕事をしているかわかりません。
スタッフの賃金を高く設定できれば良い時期に良い人を雇用できる確率は高くなりますが、一般的な行政書士事務所では、求職者に提示できる賃金は、最低賃金か最低賃金の少し上の金額になるのが現実です(利益率が高い業務を取り扱っている行政書士事務所は別ですが)。
採用担当者はキャパオーバーになっている行政書士
スタッフの採用活動を始めると、採用担当者は行政書士になります。
例えばハローワークに求人を出した場合、求人票はオンラインで出すことはできますが、ハローワークとのやりとりは電話が中心になります。
求職者がハローワークの窓口で行政書士事務所の求人に応募したい場合は、ハローワーク職員から紹介状を出しますという連絡が電話で入ってきます。また、求職者が求人票の内容に不明点がある場合は、ハローワーク職員より質問の電話があります。
平日は顧客や行政対応で追われている行政書士が、ハローワークからの電話連絡にタイミングよく適切に対応できるでしょうか。打合せが終わってから折り返しでは、求職者は別の求人に興味を向けてしまっています。
ハローワークを活用した採用活動は、ハローワークからの問合せに対してレスポンス良く対応することで成功に近づきます。ハローワークからの問合せ電話にタイミングよく対応できないと、求職者が応募を見送ることになってしまうからです。
求職者から応募があれば選考を進めていきますが、選考方法は履歴書・職務経歴書の書類選考と面接で行うのが一般的です。選考結果の連絡や面接の日程調整などの求職者とのやりとりには、それなりの時間がかかります。
書類選考を通過した求職者の面接は、求職者の都合を確認しながらの日程調整となるので、平日の一番忙しい時間帯が面接アポになってしまうこともあります。
新入所員の教育係は行政書士
採用活動がうまくいきスタッフが入所したら、教育を行っていきます。
行政書士事務所勤務経験者を採用できることは稀であるため、業界未経験者に行政書士業務を一から教えていくことになります。行政書士事務所の教育はOJTが中心になります。スタッフが複数名いる行政書士事務所では、新入所員の教育の一部をスタッフに任せることができます。
しかしながら、一人事務所の一人目のスタッフ教育は、所長である行政書士がやらざるをえません。
新入所員に業務を教えるのは、想像以上に手間と時間がかかります。新入所員は素人ですから、「これやっておいて」と案件を丸投げしても、何をどう処理すればよいかわかりません。
「自分でやった方が早いのに」と感じる瞬間もあるでしょうが、将来への投資だと割り切って、手取り足取り教えることになります。
行政書士事務所がスタッフを雇用し教育をして一人前の行政書士補助者に育てあげるのは、大変です。その大変さを下げるコツは次の2つだと思います。
キャパオーバーになる前にスタッフ雇用を
行政書士業務未経験者を雇用して教育するのは、前述のように時間と手間がかかります。これは行政書士試験合格者を雇用する場合であっても同じです。
事務職経験者や士業事務所経験者であれば教育の時間を減らすことができますが、行政書士業務未経験者を一人前の行政書士補助者に育てるまでには最低2年は必要でしょう。
一人事務所の行政書士がキャパオーバーになってから雇用し教育していては、行政書士事務所の成長は停滞します。
もちろん、スタッフを雇用すると人件費がかかります。その人件費は行政書士自身の所得を削って捻出することになりますから、ギリギリまで一人で頑張ろうという気持ちもわかります。
ですが、スタッフを雇用して組織化する道を目指すならば、行政書士が生活費の不安がなくなったら、生活費の残りの所得はスタッフの人件費の原資に充てて、スタッフの雇用と教育を進めるのがよいでしょう。
所長個人の所得が下がる期間はありますが、スタッフの雇用と教育という未来への投資が成功すれば、数年後には今よりも所得が上がるでしょう。
スタッフに依頼したい業務はマニュアルを作成する
2つ目のコツは、スタッフに切り出したいタスクを書き出してリスト化しておくことです。
リスト化の際には、業務名だけではなく、その業務の中でのタスクまで細分化しましょう。
例えば、スタッフに古物商営業許可申請業務をお願いしたい場合は、古物商営業許可申請業務のうち、「役所からの住民票や身分証明書の取得」「申請書とその添付書面の起案」などのように業務の中のタスクを明確にします。
そして、リスト化したタスクについて、マニュアルを作りましょう。
マニュアルの体裁はきれいにする必要はありません。WordやExcelを使って、タスク処理の流れ(フロー図)と処理する際の注意点を箇条書きにしておけば十分機能します。さらにタスクを処理する際のチェックリストがあれば完璧です。
そして、新入所員には、作成したマニュアルを示しながら教育をすることで、教育時間の短縮と教育内容の均質化をすることができます。
教育時間を短縮することができれば、行政書士が抱えているタスクの遅延を防ぐことができますし、教育内容の均質化によって「前と言っていることが違う」という状況を防止することで、スタッフの不安を防ぐことができます。
スタッフの不安を防ぐことで職場の心理的安全性が高まり、業務の生産性向上を図れるとともに、人材の定着率も高まります。