行政書士事務所に限らず、事業経営をしていく上で、報酬額というのは永遠のテーマと言っても過言ではありません。
この記事では、そんな行政書士業務の報酬について考えてみたいと思います。
報酬額はどう決める?
行政書士業務は、小売業でいう「原価」のような基準になる金額が無いため、どうやって報酬額を決めるのか非常に悩ましいです。
そもそも報酬が何の対価なのかについても様々な意見があります。
そんな行政書士が報酬額を決めるときにまず参考にすることが多いのは、行政書士会連合会が公表している報酬額統計だと思います。この統計は、日本行政書士連合会が、5年に1度の頻度で全国的に報酬額統計調査を実施して結果を公表しているものです。
この記事を書いている時点の最新版が平成27年度の調査結果なので、やや古いデータではありますが、これをひとつの「相場」と考え、この統計の最頻値を参考に報酬額を設定してみて、業務をしながら調整していくというケースが一般的かもしれません。
似たようなものですが、行政書士のホームページ上に記載されている報酬額の相場を参考にするということも比較的一般的だと思います。しかし、ホームページで集客している行政書士業務の報酬額の相場は、アナログ営業や紹介営業の相場よりも安めだと言われることが多いです。
また、時給を設定して、そこに業務に必要な平均的な所要時間を掛け合わせて報酬額を設定するという方法もあるようです。
弁護士で言うタイムチャージに近い感じだと思いますが、厳密に「時給×稼働時間」で計算して報酬を請求している行政書士は少数だと思われます。
時給をベースに報酬額を決める方法は、業務経験が乏しいと、業務にどの程度の時間がかかるか読めないため、実務経験の少ない開業直後の行政書士には不向きかもしれません。
上記で挙げた他にも各行政書士事務所が、様々な方法で報酬額を設定しているようです。
相場と報酬額
当然すべての行政書士事務所が報酬額統計や競合する行政書士の相場に合わせているわけではありません。
取り扱う業務や経営方針などによって様々な価格帯の行政書士事務所が存在しています。
低価格路線
集客上「安さ」というのは非常に顧客に伝わりやすく、強烈な訴求力を持っていますし、相場より報酬額を下げるだけでほぼ自動的に効果を発揮することが低価格路線の最大のメリットだと言えます。
一方で、当然のことながら何らかの工夫もなく報酬額を下げれば、その分利益が減りますので、行政書士事務所としては資金繰りが厳しくなるでしょう。
しかし専門性が高い行政書士事務所の中には、特定の業務が高度に効率化されているがゆえに、低価格でも一定の利益を確保している事務所もあります。
安易な値下げはやめるべき?
なお、低価格路線に対しては、同業者から「安易な低価格路線はやめるべきだ」との批判を受けることがあります。
たしかに相場と同等、もしくはそれより高価格路線を取ろうとしている事務所からすれば、低価格を売りにした事務所というのは好ましい存在ではないでしょう。
ただ、どの程度の報酬額であれば商売として成り立つのかは、それぞれの行政書士事務所の経営環境で大きく異なります。
例えば、
「公務員を定年退職後に行政書士を開業し、自己所有の自宅の一部を事務所として使用し、生活の心配がない程度の貯金があり、年金を受給しながら個人事務所を経営している」
という事務所と、
「配偶者は働いておらず、子供がいて、賃貸住宅に住んでおり、5人の従業員を雇って行政書士法人を経営している」
という事務所では、必要な報酬水準はまったく異なります。
経営環境の違いだけでなく、実績の乏しい開業直後の行政書士が経験を積むために、ある種の自己投資的に格安の報酬額を設定することや、LTV(※)の観点から、ある変更手続きについて、その許認可の更新手続きの営業行為と考えて、戦略的に格安の報酬額を設定するなど様々なケースがあるでしょう。
もちろん報酬額の相場を維持したい事務所からすれば、低価格路線の事務所は愉快な存在ではないですし、「業界全体のことを考えて低価格路線を控えて欲しい」と考えるのは自然のことです。
しかし市場のルールの範囲内である以上は、そういったことも織り込んで競争するしかないというのも、商売の現実ではないでしょうか。
(※)LTVとは、Life Time Value(ライフ タイム バリュー)の略で、「顧客生涯価値」と訳される。
一人、あるいは一社の顧客が、特定の企業やブランドと取り引きを始めてから終わりまでの期間(顧客ライフサイクル)内にどれだけの利益をもたらすのかを算出したもの。
https://www.synergy-marketing.co.jp/glossary/ltv/
高価格路線
低価格路線を取る行政書士事務所がある一方で、高価格路線を取る事務所もあります。
高価格路線を取る事務所は、専門性が高い分野を取り扱っている行政書士が多い印象があります。対応できる行政書士が少ない高難易度案件は、報酬も高くなります。
行政書士事務所を経営する行政書士自身や雇用している人の収入を上げようと思えば、利益を増やさなければならず、その方法のひとつとして高価格路線が採用されることがあります。
売上は、単純化すれば単価×案件数で決まりますので、労働集約型の行政書士業務で売上を増やそうとすれば、単価を上げるか、案件数≒労働時間を増やすかの二択です。
人を雇えば働いてもらえる時間は限られますし、個人事務所であっても、短期的にはともかく中長期的に健康を維持して働くために行政書士が常識的な稼働時間で対応しようと思えば、利益を増やすためには高価格路線に近づくことになります。
ただ、「うちは相場より高いこの値段です」と言うだけでは依頼を受けることは当然ながら難しいので、「なぜ高いのか」、更に言えば「高い報酬を支払うと顧客にどんなメリットがあるのか」という、いわゆる「付加価値」が非常に重要になってきます。
近年は「カスタマーサクセス」と呼ばれる考え方をよく耳にしますが、高価格路線を目指すならば、顧客の成功のために行政書士がどのような役割を担い、それによってどのような価値を提供できるかを、サービスに落とし込む必要があります。
高価格路線のポイントは、「安さ」以外に、どのような価値を生み出し、それをどうやって顧客に伝えて選んでもらうのかということなのかもしれません。
値引きはどうするべき?
頭を悩ませて報酬額を設定したとしても、値引き交渉を受けることはよくあります。これにどう対応するかというのも、結局はそれぞれの行政書士の判断次第です。
とは言え、値引きに際しては何かしらの条件を提示するという行政書士事務所が多いようです。
例えば、各種証明書の収集や許可証の受け取りなど、作業の一部を顧客にやってもらったり、お客様アンケートの社名公表をOKしてもらうといった例があります。
たしかに「安くしてよ」と言われて「はいわかりました」では、「最初の値段は何だったんだ」となってしまいますね。
まとめ
報酬額の設定は、どの業務を取り扱っていくのか、どういう商品設計をするのか、どんな顧客層をターゲットにするのか、人を雇うのか、拡大していくのかなど、事業計画の多くの部分と関わってきます。
行政書士事務所を経営していく上で、どのような報酬額、報酬体系が良いのか、しっかり考える必要がありますが、この問題について悩みの尽きる日が来ることはないのかもしれません。